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東野圭吾『夢幻花』ネタバレ解説と感想

禁断の花、黄色いアサガオ

今回は今週のお題「読書感想文」を書いていきます。

そして選んだ図書は、東野圭吾『夢幻花』

 

夢幻花(むげんばな) (PHP文芸文庫)

夢幻花(むげんばな) (PHP文芸文庫)

  • 作者:東野 圭吾
  • 発売日: 2016/04/07
  • メディア: 文庫
 

 

わたしが毎年夏休みに必ず読み返している1冊です。

今年でおそらく5回目になりますが、いつもいつも違った気持ちで捉えることができます。

ミステリー、歴史、青春、人間ドラマ、様々な要素がぎゅっと詰まった深い物語です。それでいて、テンポが良くとっても読みやすいので、夏休みの読書におすすめです!

ではさっそく、あらすじからご紹介します。

 

あらすじ

 かつてオリンピックを目指す水泳選手だった秋山梨乃は、どこか行き場のない大学生活を送っていた。自殺した従兄・鳥井尚人の葬儀をきっかけに、祖父・秋山周治の家を定期的に訪ねるようになる。周治が庭で育てているたくさんの花を、梨乃はブログに投稿し始めた。

 ある日、周治が何者かによって殺された。第一発見者となった梨乃は、鉢植えがひとつ消えていることに気付く。それは、祖父が「絶対に秘密にしておいてほしい」と言っていた黄色い花だった。梨乃は、ブログに「正体不明の黄色い花」について発信する。

すると、蒲生要介と名乗る男から、突然投稿を削除するよう迫られた。彼の自宅を訪ねてきた梨乃は、要介の弟だという、大学院生・蒼太と偶然出会う。

 

 昔から家族に対して疎外感を抱いていた蒼太。警察庁に勤める兄・要介は、なぜか身分を偽って黄色い花を追っているらしい。蒼太は梨乃とともに、この事件の真相解明に乗り出した。その頃、西荻窪署の刑事・早瀬も、別の思いを胸に事件を追っていた。

 

 一方、人気上昇中だったバンド「ペンデュラム」のリーダー尚人が亡くなり、メンバーは途方に暮れていた。白石景子と名乗る女性がキーボードとして加わるが、彼女は蒼太の初恋の少女・伊庭孝美に酷似していた。接触を試みようとすると、突然彼女は姿を消してしまう。

 

 次第に、黄色い花をめぐる過去の事件や、宿命を背負った者達が明らかになっていく。

 

登場人物

梨乃 

文学部の大学生

祖父の育てた黄色い花をブログにアップしたことがきっかけで事件を追うことになる

 

蒲生蒼太

原子力を学ぶ大学院生

幼少の頃から家族でアサガオ市に出かけていた

兄・要介を訪ねてきた梨乃と偶然出会い、黄色い花の謎に迫るようになる

 

秋山周治

梨乃の祖父で、庭でたくさんの花を育てていた

定年前は、食品研究開発センターの植物開発研究室に所属し

実在しない植物を作り出すことに情熱を注いでいた

 

早瀬

秋山周治が殺された事件を担当する西荻窪署の刑事

万引きの疑いをかけられた息子を秋山に助けられている

 

蒲生要介

蒲生家の長男で警察庁所属のエリート

梨乃のブログを見つけ、直接コンタクトを取る

独自のルートで黄色い花を追っている

 

伊庭孝美

蒼太が中学生の頃アサガオ市で出会った少女

白石景子と名乗り、尚人の後任キーボードとしてバンドに加入した

 

鳥井尚人(ナオト)

バンドのキーボード担当で作曲の才能もあったが

突然自宅で飛び降り自殺をしてしまう

 

大杉雅哉(マサヤ)

ボーカル担当、尚人と共同でバンドを引っ張っていた

 

日野

秋山周治とともに植物開発研究室で働いていた

黄色い花について周治から打ち明けられる

 

ネタバレ解説・感想

*ここからは事件の真相を含みますので、自分で読みたい方は引き返してね!!*

 

 

現実と幻のはざまで

夢幻花と呼ばれる黄色いアサガオ、その種には幻覚作用があります。

実際に普通のアサガオの種を食べてもせいぜいおなかを壊す程度らしいのですが、西洋アサガオなど品種によっては、LSDに似た作用を引き起こすようで、南米の先住民の間では宗教的儀式などに用いられてきたとのこと。

 

1960年代には、ヒッピーやロックンローラーのあいだで公然と使用されていた数々の麻薬。それは、単なる快楽のためだけでなく、高度な精神世界に到達する手段と考えられていました。あのビートルズLSD体験をしていましたね。(当時は合法)

作中のバンド「ペンデュラム」の代表曲「ヒプノティック・サジェッション」は、ナオトとマサヤが、知人のミュージシャン工藤からもらった、黄色いアサガオの種を使ってトリップしたときに生まれました。

 

不意に、すべてが理解できたような気がした。音楽とは、こうあるべきなのだ。(中略)さらに、なんともいえない幸福感が押し寄せてきた。音楽の本質だけでなく、様々な物事の真理が見えたように思えた。なぜ自分が生まれてきたのかわかった。同時に、両親に対する深い感謝の気持が溢れてきた。

 

その体験が忘れられなかった二人は、植物に精通する秋山周治に種を増やしてもらうため、珍しい花を育てて欲しいと頼みます。

存在しないといわれる黄色いアサガオを開花させた周治は興奮しますが、

やたらと種に固執するマサヤの様子を見て、種を幻覚剤として使っているのではないかと指摘しました。

そして、孫であるナオトの飛び降り自殺は、その幻覚作用が原因だったのだろうと見破ります。

警察に通報するという周治。焦燥感でいっぱいになったマサヤは、ついに彼を手に掛けてしまうのです。

 

「いつの間にか迷子になって」しまったわたしたちへ

逮捕された大杉雅哉は、面会に来た梨乃へ、どうしても伝えたいことがあると涙ながらに訴えました。

それは、鳥井尚人がずっと梨乃に憧れていたということ。

 

「尚人がよくいってたんだ。梨乃は馬鹿だって。せっかく才能があるのに、無駄にしている。梨乃は水泳選手として生きていかなきゃいけない。才能を与えられた者の義務だ。それを重荷に思っているとしたら贅沢だ。何の義務も与えられていないことがどれほど虚しいか、梨乃はわかっていないーー。」

 

尚人の言葉は、そのまま雅哉の言葉でもあり、梨乃を大きく揺さぶります。

 

登場する若者たちはみんな、どこかで迷子になっていました。

 

水泳を辞めてしまった梨乃進路に確信がもてない蒼太

音楽の才能がないと苦しんだ尚人彼のいないバンドを背負った雅哉

彼らの本質は、変わりません。「一生懸命、自分が信じた道を進んできたはずなのに」これから何をすればいいのか、そんな行き場のなさを抱えた若者たちです。

 

そんなとき誘惑するかのように現れた黄色いアサガオ

この禁断の花は、彼らの人生の明暗を分けることとなりました。

 

東野圭吾ミステリでは、人間ドラマが魅力ですが、この『夢幻花』はとくに

青春群像劇のような要素があって素晴らしかったです。

 

事件の終息とともに、梨乃はもう一度プールに戻ることに決めます。

自分と同じように悩み苦しみ、悲しい結末を迎えてしまった、雅哉と尚人。

しかし彼らの思いが、梨乃の再挑戦を一押しするというのは、意外ながら、

素敵な展開でした。

犯人を「悪人」で終わらせない、むしろ痛々しいほどに共感できてしまう人物

として描いているのが、『夢幻花』の好きなところです。

 

負の遺産」と「宿命」

 

一方の蒼太ですが、黄色い花の真相にこぎ着け、ついに兄・要介と対峙します。

彼から明かされたのは、代々警察官の血筋である蒲生家が抱える、衝撃の歴史でした。

 

1962年、残忍な路上殺人事件が起きました。

犯人は、陶酔していたマリリン・モンローの死によって精神異常をきたしたとされ、

無差別に日本刀を振るいました。通称MM事件と呼ばれることになります。

 

この犯人・田中和道は、黄色いアサガオの種を服用しており、警察上層部のうちで、秘密裏に明らかになりました。

しかし、事実は隠蔽されます。

というのも、かつて、黄色いアサガオの種は、自白剤として警察が活用しようとしていたのです。そして提案したのは、蒲生家曾祖父でした。

 

以来、蒲生家の長男はその責任から、独自に黄色いアサガオを探し、根絶するよう努めてきたというのです。

 

 

さらに、伊庭孝美もまた、黄色いアサガオを追う宿命を背負っていました。

医者の家系に生まれた孝美は、薬学の道に進み、黄色いアサガオの幻覚作用について

科学的に解明しようとしていたようです。

そして、ミュージシャン工藤に辿り着き、ペンデュラムのメンバーとなって、

黄色いアサガオの種と接触する機会を待っていました。

 

蒼太は孝美に、自分の道を決められているのは不満に思わないのかと問います。

すると孝美は毅然として答えるのです。

 

「世の中には負の遺産というのもあるのよ、蒼太君。」

「黄色いアサガオの種が完全に消えたと確信できるまで、誰かが監視を続けなければならないの。それが、魔性の植物を広めてしまった者の血を引く人間の義務だと思う。逃げちゃいけないのよ。」

 

彼女の信念や覚悟に感銘を受けた蒼太は、

俺は一生原発と付き合っていくよ

と同期の友人に宣言するのでした。

 

 

まとめ

 

何度も読み返している本書ですが、今年はコロナ禍で自粛ムードの中、

自分自身が迷子になっているときに読みました。

物語を通して成長する梨乃と蒼太にぐっときました。

雅哉は、梨乃に対して、「才能ある者の義務」という言葉を使いましたが、

彼女はピンと来ていないのだろうと思います。

上には上がいるし、きっと彼女にとっての天才に同じ言葉を当てはめたはずです。

しかし、彼の思いに後押しされ、まずは行動することを、自らの意志で選択しました。

それを思うと胸が熱くなります…!

 

 

わたしたちは、自己実現のために生きることこそ、理想なのだと、感じている節があると思います。

そして、家業を継がなければならないなんて、時代錯誤と。

ましてや「負の遺産」に対しては、目を背けてばっかりでした。

 

蒼太の、「誰かが引き受けなくてはならない。それが俺であってもいいだろ。

という言葉は胸に響きます。

彼には別の道もありました。堂々と逃げたって、許される環境です。

誰も批判しないし、彼個人の幸せを願ってくれる。

だけど、彼は自分の「宿命」を、自分の手で、選び取ったのです。

 

世の中には、このような方がたくさんいらっしゃるんだろうなと

頭が下がる思いでした。

 

本格ミステリでありながら、読了後はどこか清涼感があり、

前向きな気持にしてくれる本書を、来年夏もまた読みたいと思います!

そしていつかは、実写化もしてほしいな~なんて願っています☆